色んな体験

親ガチャ、よりも大人運④ピアノ講師の鞭

小学生にピアノを習わせられる親の経済力、これは令和時代でいう「親がちゃ、アタリ」となるのだろうか?

小学生時代から極度の乾燥肌になるストレス。

学校でも家でも、幸せと思えなかった。

両親が商売をしていた関係で、時に「お宅のお子さんもウチの教室へ」の誘いがきた。田舎独特の付合い方であり、商品を買うお客さんの所には〈こちらもお金を払う何かを〉という関係。

例えば、髪を切る。歯医者へ行く、お菓子を買う店、食料品や日用品を買う場所などなど。

生活全般に「うちのお得意様の所で」と決められていた。

その一環でピアノを習う事になった。誘いに乗り「あそこは」という大人の事情で、子供の習い事も決まる。試さずに断るのは難しい圧力がある。

これまた運のないことに、そのピアノ教室の講師は気難しい男性だった。

しかも、当時の田舎では珍しく、中・高校生、音大を受験したい生徒に適した指導の、ガチなピアノ講師。

対して、人見知りで怖がり、痩せっぽちなオドオドした小学1年生。

意欲もなければ、才能の片鱗もない。

どうみても教え甲斐のない、熱心な指導に適してない子供。

本人が「習う」と言って始めてないと上達は遅い。

苛立ったピアノ講師は、よく私の手を叩いたり、つねったりした。

そして、閉じられた空間での、そんな指導内容を、両親も、教室オーナーも知らない。

習い始めたら、商売上の都合で「辞めずに通え」と言った。

叩かれ、つねられ、時に罵倒されながら6年間。ピアノを習った。

今も楽譜は読めない。

 

それでも、ピアノの音色は今でも好きだ。

時間が許すなら、再び習ってみたいとすら思う。

プロを目指す家庭でもない、ただの趣味なら、欲を言えば、気の弱い小学生が初めて習うピアノは、穏やかな雰囲気の、楽器や音の楽しさを教えてくれるタイプの講師に、出会いたかった。

両親は習い事の費用を払ったが、そこの講師が、自分の子供との相性は良いか?指導内容や雰囲気はどうか?といった、(子供にとって)重要な事柄に関心を持たなかった。

こうゆう場合の、私の〈親がちゃ〉半分ハズレ?半分アタリ?

大人運は乱調だったかも。

親や同居の大人が厳しい人達なら、担任教師が生贄を置きクラスをまとめるタイプなら、せめて個人的な習い事の先生は、小学生の私に柔らかい対応をする人であれば、と残念でならない。

 

子供時代の私は、成績の悪さから両親と祖母に吊るし上げられ、家の中で大人3 対 私1人の多勢に無勢で責め立てられた。父からは「不出来」を理由に、時には仕事上のストレス発散の八つ当たり的に、気まぐれに、頻回に怒鳴られ、蹴られた。

学校では担任教師から、

習い事ではピアノ講師から、叩かれ、ツネられが、日常だった。

おそらく強いストレス故、皮膚は常に乾燥し荒れていた。

乾いて粉状に剥がれ、子供らしい弾力や艶のない肌。

ずっと後に、身近な人間のストレスから解放された時、自分の置かれていた環境が皮膚にも悪く影響していたと、初めて知る事になる。それまで「体質」と思っていた。

 

私の人生には沢山の透明な玉があり、

その1つ1つに出会った人々と、

出会ったかもしれない、

出会わなかった人々(例えば担任でない教師、習わなかったお稽古事など)が、

入っている。

自分で選らんだ玉、

誰かから選ばされた玉、

選びたかったけど現れなかった玉、

現れて欲しくなかった出会いの玉、

思いがけない玉、

子供時代に来た玉の大半は自分で掴んだものではない。

こんな風に書きながらも、アタリ/ハズレの判定は、今も出来ない。

年齢が上がるに比例し「自分で選んだ玉」で、人生が創られてきた。

 

もし、誰かと出会ったら『縁を育ててゆけるか?』も重要になる。

親との関係が幸せなものでなく、人が怖い気持ちがある。他人との距離感が判らず不利だったが、自力で学んで他人様と関わってゆくしかない。人生は長いのだから。

たくさん失敗をした。

相手に失礼な事もした。

失礼な事もされた。疎遠にもなった。

それでも、出会った人との縁を大切に育てたい気持ち、相手と向き合う誠実さ。

人生の終わりまで、持てる限り持っていたい。

 

大人になったら、もう大人運など不要になる。

子供時代より、半世紀は生きた今の方が自由で在れる。

残念ながらピアノは習えない、別の楽器を見つけたから。